コラム〜読書雑記〜

第19回 二十一世紀の聖職としての「平和建設」


以前どこかで、第二次世界大戦で敗北した結果、そのショックで日本人の知能指数が総体として上がったという話を聞いたことがありますが、昨年の同時多発テロの結果おそらく人類のかなりの部分が脳細胞に激しいショックを受け、強烈な危機感を抱き、岡野主幹のいわゆる「ねあかるんるん」時代の終焉を告げられ、少しは真面目になり、おそらくは意識変容の加速化へのきっかけを与えられたのではないかと密かに期待しています。


思えばサングラハも規模は別として、岡野主幹の粘り強い「持続する志」と重田さんを初めとする周囲の皆さんの協力のおかげで、意識変容の下支え・牽引役を十年もの間果たし続けてきたわけですから、とりあえず「お疲れさまでした」と申し上げさせていただきます。ただし本当の仕事はこれからだと思います。つまり、二十一世紀に人類に課せられた大仕事の一つは「平和建設」ではないかと思うのですが、サングラハもどちらかと言えば理論に片寄ってきた運動から実践的な方向をめざすなかで、いろいろな意味で平和のために寄与することを求められるのではないかと予想されます。


ところで、「調停peace making」という言葉はよく聞かれますが、「平和建設peace building」という積極的な言葉はあまり耳にしてこなかったのではないでしょうか。この言葉を知ったのは、実は『平和への勇気--家庭から始まる平和建設への道』(ルイーズ・ダイヤモンド著/高瀬千尋訳 コスモス・ライブラリー)という本によってでした。著者はユダヤ系アメリカ人女性(筆者と同じ一九四四年生まれ)で、幼い娘を引き取っての離婚、乳癌による両乳房切除手術とそれに伴う臨死体験などを経て平和建設家として成長していったとても勇気ある人ですが、しかしとても柔和な風貌の方です。


その「緒言」で、『神との対話』の著者として日本でもよく知られているニール・ドナルド・ウォルシュは次のように書いています。


私たちのほとんどは、自分たちがこれまでとってきた物事への対処の仕方がうまく行かなかったことに気づきつつある。私たちはまだ、どのやり方がうまくいくかははっきりとわからないかもしれないが、しかしどのやり方がうまくいかないかははっきりとわかり始めている。ますます多くの人たちが頭を横に振り、こう認めつつあるのだ。「もっと良い道があるはずだ」と。個人の生活において、企業間の取引において、政治的な駆け引きにおいて、もっと良い道があるはずだ。より良い、より平和的な仕方で私たちの人生を創造し、体験するための道が。


それはある。そして今ルイーズ・ダイヤモンドは、『平和への勇気』のなかで私たちが歩むべき道をさし示してくれた--私たち皆がいたいと願う場所にたどり着くための道を。本書は素晴らしい吉報であり、素晴らしい読み物である。実行可能な模範がここにはある。ここにあるのは、実在の人々が、人生の本当のあり方についての正真正銘の真実--私たちはすべて本当に一体であり、この世界は本当に「全体というシステム」であり、そして共に調和よく平和に暮らす道は本当に存在する、という真実--をいかに生きたかについての実話である。


ルイーズ・ダイヤモンド、この高らかな呼びかけをありがとう。人類が理解したうちで最も崇高なスピリチュアルな原則に従い、それを日常生活のなかで活かすことができるということを示してくれてありがとう。必要なのは、「平和への勇気」だけであるということを、私たちに気づかせてくれてありがとう。


この「緒言」の最後にあるように、『平和への勇気』の最大の特徴は、世界の紛争現場での紛争解決や平和建設の仕事を「スピリチュアルな成長」と結びつけていることです。さらに、副題にもあるように、平和建設という仕事を私たちの家庭やコミュニティのレベルで取り組むべき課題として扱っているということです。このことは、米国上院議院ジョージ・ミッチェル氏が本書に寄せた次の推薦の言葉にも明らかです。


世界の平和建設家とは誰か? 私自身が携わってきた国際的平和建設の仕事を通じて、私はルイーズ・ダイヤモンドが本書中で至ったのと同じ結論--すなわち、平和建設家とは私たち一人一人のことだ、という--に至った。多くの勇気づけてくれる物語と有用なツールに満ちた本書は、私たちの日常生活、家族、コミュニティのなかでの平和こそが、私たちが真に平和に生きられる世界を築くための不可欠の部分であることを理解しているあらゆる人にとっての必読書である。


ここからはまさに「あなたは世界だ。だからもし世界を変えたければ、あなた自身が変わらなければならない」というクリシュナムルティの言葉と同様のメッセージが聞こえてきます。クリシュナムルティの言葉は、ある種の人々にとってはすでに常識となっているだけでなく、さらにそれを大きく踏み越えて、様々な形で実践に乗り出しつつある人の数が増えているようです。現在アメリカでは愛国主義的気分が高まっているようですが、しかしルイーズ・ダイヤモンドのように「世界中心的」スタンスに立って活動している多くの人々がいることも事実なのです。彼女の同僚で「多重トラック外交研究所」の共同創設者であるジョン・マクドナルドという人は、カーター大統領によって二度大使に任じられたアメリカでは有名な外交官ですが、この人もきわめて地道に世界の紛争現場で平和建設に取り組んでいます。壊す人間がいる一方で、建設する人々もいるということです。


ところでダイヤモンド女史はチェロキー族の女酋長ディヤーニ・イワフー師から多くの教えを受けているのですが、なかでも「聖なる輪の修復」という考え方はきわめて意義深いものです。


ネイティブ・アメリカンの世界観には、和解について、また愛の持つ変容を促す力について私がより良く理解する上で役立つ考え方があります。それは、生命の一体性を、そのなかで生きとし生けるすべてのものがバランスよく調和して存在している「聖なる輪(sacred loop)」として語っています。その輪のなかでは、誰一人、他の誰かより上でも下でもありません。誰一人、他の誰かより優れても劣ってもいません。他人を支配したり、抑え込んだり、見下したりする権利は誰にもありません。すべてが同じ一つの聖なる生命の輪の部分であり、で、そういうものとして、敬われ、正しく評価され、そして愛されるに値するのです。


その輪が壊れ、ある個人または集団が何らかの仕方で他の誰かに攻撃をしかけた時、愛は拒まれ、あるいは制限されてしまいます。その流れを取り戻すには、自然な状態では輪は元々完全だったことを思い出して、壊れた部分を修復しなければなりません。輪を修復することは、私たちの元々の一体性を思い出し、愛の自然な力を再び活性化させて、正しい関係を取り戻すことです。これは人類の進化におけるこの時点で私たちが取り組むべく挑まれているスピリチュアルな課題であり、それゆえ私たち一人一人に日々与えられている機会であると私は信じます。


聖なる輪の修復は多くの仕方で起こりますが、基本的には三つのプロセスを伴います。(1) 害悪を生じるような行為を慎む必要がある、(2) 調和をもたらすであろう新しい行為をし始める必要がある、そして (3) 自分自身のものであろうと他人のものであろうと、過去の有害な行為の結果である混乱を晴らさなければならない。こうするためには、自分自身の苦悩を直視して、それを癒し、変質させてしまう方法を見出さなければなりません。私たちは自分たちの行為が他人に及ぼしている有害な影響を認めて修復を施し、最後には、他人の苦しみに慈悲深く対処しなければならないのです。


彼女が平和建設という仕事を「二十一世紀の聖職」と受けとめている奥には、このような宗教的と言っていい精神が控えているのです。そしてそれを彼女は〈平和のスピリット〉と呼び、それを私たちの心のなかに目覚めさせることが平和建設家の最も大きな使命だと認識しているのです。以前、「健康」の定義について「最近、世界保険機構(WHO)は、physical, mental, socialな健康に加えてspirtualな健康を健康の定義の中に取り入れようとしている……もしspiritualという言葉が健康の定義に加わるなら、健康の概念に革命的な深さと広がりが与えられ、しかもそれが『グローバル・スタンダード』になるわけですから、はなはだ意義深いわけです」と述べましたが、広義の「外交」活動をスピリチュアルな次元と結びつけたという点で、ダイヤモンドは画期的な貢献をしたと言えるでしょう。「終章」のなかで彼女は次のように述べています。


私は、人類がある特定の進化周期の終点に達し、別の周期に入ったと信じています。これがたまたま新しいミレニアムの始まりと一致しており、必然的に大変動と混乱の時期を伴うということは、私にとって完全に意味をなすのです。


私たちは何世紀もの間、還元主義の知的・体系的世界観のなかで生きてきました。宇宙をその構成部分へと還元し、その働きを機械論的に理解しようと努めるその世界観は、当然ながら直線的で、合理的で、問題志向的思考様式を、また社会的関係においては、区画化された、分離的な、支配型のアプローチを偏愛します。


率直に言えば、この世界観、およびそれを維持し促進するために確立されたすべての制度は、そのサイクルの最期を迎えたのです。現実の性質または自然法則と調和していない生き方を押し付けようとするこの世界観は、それ自体の消滅の種子を常に内包し続けてきたのであり、そしてそれらの種子が今熟したのです。


一方、新たなサイクル、私たちが一体であるという認識から生ずるサイクルが始まりつつあります。関係的で、直感的で、機会志向的思考様式を、また社会的関係に対するコミュニティ志向的、相互結合的、パートナーシップ型のアプローチを良しとするこの新しいあり方は、私たちにとって明らかになりつつある普遍的な真実についての理解の上に築かれています。すなわち、私たちは事物を最小の物質片に還元することはできない。物質は意味と動きを持ったエネルギーである。生命は静止してはいない。それは流れである。私たちはばらばらではない。私たちは全体である。もし私たちが他人を虐げれば、私たちは自分を虐げる、という。


この世界の真にホリスティックな性質をますます多くの人々が認識するにつれて、地球上のあちこちで広範囲にわたる意識の転換が起こりつつあります。市民権運動、女性運動、ますます高まる環境意識、東洋や先住民哲学への関心、主流になりつつあるホリスティックな医学的アプローチ、職場での個人参加型チームワークおよび士気の役割への注目、新しい物理学など、様々な仕方で表れているこの意識の変容は、二十一世紀からさらにその先へと私たちを導く新しい波なのです。


古いシステムが崩壊し、消え去ろうとしている今まさに、私たちのうちの先駆者たちが、私たちは一体であるという真実を尊重する、新たな生き方と力の合わせ方を創り出しつつあります。私はたまたま、平和建設はこの波の最前部にあり、その先駆者たちは新しい時代の最も偉大な闘士であり擁護者であり、今後もそうあり続けるだろうと信じています。


そしてこの潮流のなかで緒方貞子さんに代表されるように、女性の重要な役を果たしているというのは、「右脳」の活性化が急務となっていることと考え合わせて。きわめて注目すべきことだと思います。 


なお、蛇足ながら、「多重トラック外交研究所」について調べていた時、「リリジャス・コミュニティ・イニシャティブ」というアメリカ宗教界のスポークスマン的グループのホームページを見つけたのですが、そこに同時多発テロへの反応がまとめられていましたので、ほんの少しだけ紹介しておきます。それによれば、「これまで、西洋諸国の政府はテロリストの攻撃に高度な武器で反撃することによって応じてきた。が、これらの反撃は、テロリズムを阻止するよりはむしろ、中東に彼らの唯一の頼みはさらなるテロリズムだという認識を強めてきただけのように思われる。九月十一日の攻撃の成功は、ほとんど確実に他のテロリストたちがそれを模倣するようにさせるであろう。この攻撃と反撃の悪循環を続ければ、結局は西洋とイスラム世界との全面戦争--全世界を震撼させる戦争--へと行き着くであろう。」 それを避けるため、アメリカ宗教界はベトナム戦争当時の宗教界の対応のまずさから得られた苦い教訓を活かし、次のような方向づけに事実上同意しているようです。


米国宗教界は、テロリズムへの戦争に対する四つの主要な選択肢を持っている。
(1) 積極的に軍事行動を支持する。
(2) 沈黙を守り、政府首脳がどんな軍事行動をとることに決めても、それを黙認する。
(3) 政府の政策および行動を批判し、それに積極的に反対する。
(4) 軍事行動への代案を開発し、積極的にそれらを促進する。


で、「この数十年間における世界の宗教界の進展を仮定すれば、四番目の代案だけが実行可能だと思われる」とし、さらに次のように述べています。


もし宗教界が四番目の選択肢を選ぶなら、--軍事行動に対する実行可能な代案を積極的に提案するつもりなら、--それを可能にするプロセスが必要になる。厳密にどんなものが必要になるかは、プロセス自体に携わるにつれて知られるようになるであろうが、この時点で一定の広いアウトラインは明らかだと思われる。


(1) それは国際的でなければならない。
(2) それは、イスラム教徒、キリスト教徒、ユダヤ教徒を含む宗教間的なものでなければならない。
(3) それは、キリスト教諸派を対等なものとして含む超教派的なものでなければならない。
(4) それは、中東および西洋からの軍事、政治およびビジネスリーダーたちを含まなければならない。
(5) それは、中東および西洋で実行可能な現実的、具体的、実際的な行動に焦点を合わせなければならない。
(6) それは、これまで一度も思いつかれたり、試みられたりしたことがないかもしれない、新たな行動および政策を開発できなければならない。
(7) それは、永続的な解決が得られるまで長期間にわたって続けられなければならない。


「批判」にとどまることなく、「代案」を出すことが急務だということをアメリカの宗教界が気づいたということは、とてつもなく大きな一歩前進です。いずれにせよ、世界中の様々なレベルで、大きな地殻変動が起こりつつあるようです。この激動の時代に巡り合わせたことは一面では戦慄させられることですが、しかしそれはまたまさにミレニアム単位での千載一遇のチャンスでもあると思います。サングラハの皆様が気力体力を充実させてこのチャレンジを受けて立ち、新しい年を有意義に過ごされますよう、お祈りしております。
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