コラム〜編集日記〜

第15回


「カーライル」−−イラク戦争の舞台裏


読者の皆様は今回の戦争についてどのような意見・感想をお持ちでしょう? 賛否両論、いろいろとおありだと思いますが、先ずはできるだけ正確な事実を知ることが先決だと思います。ただ、かつてなく手の込んだ情報戦のせいで、戦場で何が実際に行われているか、あるいはきたのかを正確に見抜くことはきわめて困難というか、事実上不可能だというのも確かです。


ただし、ここにきて浮上してきたことの一つは、各国の政治的リーダーたちと一般市民との間にはっきりしたギャップが出てきたということだと思います。リーダーたちは、私たち一般市民と違う思考回路を持ち、違うコネクションの中で動いているのではないかと思わせる節があります。


こうした状況の中で、興味深い論説を読みましたので、今回の戦争の背景について考える際の参考にしていただければと思い、御紹介しておきます。


ところで標題の「カーライル」というのは、この場合、スコットランド生まれの評論家・思想家・歴史家のことではありません。『新潮45』4月号に掲載された「ブッシュの本音−−最新仰天情報」(国際未来科学者・浜田和幸著)によれば、「カーライル」というのは、実は現ブッシュ大統領の父親であるブッシュ元大統領が最高顧問を務める、140億ドル(約1兆6,800億円)を運用する金融投資会社の社名なのです。このレポートは戦争直前に発表されたものですが、とても参考になるので、原文からそのまま引用します。



1987年の設立以来、年平均36%の利回りを達成している。同時に全米第11位の軍需企業でもある「ユナイテッド・ディフェンス」という、戦車や大砲の製造メーカーを傘下に収めている。この兵器メーカーはアフガン戦争による大量発注で、一気に息を吹き返した。


「カーライル」についていえば、ラムズフェルド国防長官と大学時代からの親友であるカールッチ元国防長官が長年社長を務めてきた(現在は名誉会長)。最近ではイラク攻撃に関連して国防総省から「クルセーダー」(戦車)の開発用資金として20億ドル(約2,400億円)の前金を受け取ったり、イギリス国防省からも研究開発を優先的に受注している。


また、ブッシュ大統領の叔父にあたるウィリアム・ブッシュが役員を務める「エンジニアード・サポート・システム」は生物化学兵器に対する防御装置を製造しているが、これまた大量発注のお陰で株価が急騰中である。


他にも、チューニー副大統領が政権入りする直前まで社長職にあった「ハリーバートン」は、フセイン政権下でもパイプライン建設で7,300万ドル(87.6億円)の大儲けをしてきたが、戦争後には油田施設の改善でビッグ・ビジネスが転がり込んでくるのは確実と見られる。


「ブラウン&ルート」は「ハリーバートン」の子会社であるが、湾岸戦争後のイラク復興ビジネスでは9億ドル(1,080億円)もの受注を得た。それどころか、この子会社はイラク周辺に展開するアメリカ軍兵士の食料や宿舎の提供と維持管理などの兵站サービスをほぼ独占している。ほとんど知られていないが、これら戦場で戦う兵士の日常生活のニーズを満たすコストが実は戦費の半分を占めている。その最も美味しい部分をチューニー副大統領はしっかり押さえているのである。チューニー氏は1997年からPNACの役員を兼ねている。


これまでアメリカ軍が侵攻したアルジェリア、アンゴラ、ボスニア、クロアチア、ハイチ、ナイジェリア、ルワンダ、ソマリアなどでも、「ブラウン&ルート」は大きな契約を軒並みモノにしている。


より最近の事例でいえば、アメリカ軍がアフガニスタンで捕虜にしたタリバン兵をキューバにあるグアンタナモ米軍基地に連行し、取り調べを行っているが、その捕虜収容所の建設維持費3億ドルも「ブラウン&ルート」が独占している。


これらの事実を知れば、アメリカの進めるイラク戦争とはいったい誰のためなのか、疑問に思わない方がどうかしている。



ブッシュ大統領一族とその周辺は戦争で大儲けしているのです。こうした戦争ビジネスの背景には、「アメリカ帝国主義」を全世界に広めようという、遠大なシナリオがあり、今回のイラク戦争はそのための布石にすぎないというのです。そのシナリオとは、浜田氏によれば以下のようなものだそうです。


もっとはっきり言えば、今後20年以上にわたってアメリカは世界各地に「ならず者国家」を見いだし、「終わりなき世界戦争」を仕掛けていくに違いない。ブッシュ大統領の回りを固める閣僚や側近、そしてスポンサー筋はそのような構想を以前から温めてきた。これはかつてアイゼンハワー大統領が懸念を表明した「軍産複合体」の再生を意味している。


実は、アメリカによるイラク攻撃のシナリオはブッシュ現政権が誕生する相当前から入念に練り上げられていた。1996年にはイラク占領計画「王国作りのための新戦略」 がまとめられ、1998年には「アメリカの新世紀計画」と題する、中東全体の勢力図を塗り替えるプランが準備された。2000年には「アメリカの国防再建計画」も完成。そこでは、世界で同時に複数の戦争を遂行する能力をもつ必要性が強調された。


これらをまとめたのは、当時民間企業やシンクタンクにいたラムズフェルド現国防長官やウォルフォウィッツ現国防副長官らである。彼らは「アメリカ新世紀プロジェクト(PNAC)」というシンクタンクに結集していた。


この組織を通じて、イラク攻撃を実行すべく、クリントン大統領やキングリッチ下院議長(いずれも当時)に猛烈な圧力をかけたが、思うようにいかなかった。クリントン大統領にイラク攻撃と占領を迫った要望書には、ラムズフェルド、ウォルフォウィッツ以外にアーミテッジ現国務副長官、カリルザード現ホワイトハウス中央アジア担当部長、ウルジー元CIA長官ら、現政権の中枢を占める顔ぶれが揃って署名している。


そこで彼らはは長期的な戦略を取ることにし、国防総省内のタカ派に働きかけ、「全中東民主化・市場経済化計画」を策定した。この計画によれば、第1段階が「フセイン政権の打倒とイラクの民主化」。第2段階が「サウジアラビアの王政改革とヨルダンのパレスチナ化」。第3段階が「シリア、エジプト等の民主化の促進」。第4段階が「イラン攻撃」となっている。


この底流にある考えは「湾岸戦争は中東の現状を維持するためであったが、次なる戦争はその現状を破壊すべし」というもの。その彼らが大統領選に臨んだブッシュ候 補の外交、軍事政策面でのブレーン役を果たしたのである。ブッシュ大統領の誕生と同時に、それらの実現に動き始めたのも当然であろう。大統領の信任厚いライス補佐官もPNACに近いといわれる。


要は、アメリカのイラク攻撃は「テロ対策の一環」「大量破壊兵器の破壊」とは関係なく、「9・11テロ」の起こるはるか以前から計画されていたのである。その原点は1973年のアラブ産油国による原油ボイコット事件にまで遡ることができる。当時、中東から石油が入ってこない恐怖に直面したニクソン・キッシンジャー・コンビは密かにアラブの油田争奪計画を練ったといわれる。


その後、アメリカの歴代政権は軍事力とドルという国際通貨を巧みに使いながら、アラブの石油輸出国と渡り合ってきた。しかし、イラクのフセイン大統領が2000年10月から「石油代金はドルでは受け取らない。これからはユーロでなければ石油を売らない」と宣言した。するとイランをはじめ他のアラブ諸国が追随する動きを見せはじめた。


このままでは、アメリカはドルで石油が買えなくなる可能性も否定できない。そのような最悪の事態を避けるためにも、ブッシュ政権は前々から温めてきた全中東制圧計画を実施する決断を下したのである。


表面的には石油利権の確保と石油通貨であるドルを守り、アメリカ経済の崩壊をくい止めることにあるのだが、水面下では「アメリカ帝国の永久化」に向けての青写真 が描かれているわけだ。


その中には「重要なことはアメリカに挑戦するような国を未然に潰すことである」と明示され、その対象には「アラブの産油国」に止まらず、「中国、ロシア、ドイツ、日本」が名指しで上げられている。PNACが作成した「今ある危険」と題する報告書は「国際情勢を常にアメリカに有利になるようにする必要がある」と述べている。


そのためには、「アメリカはヨーロッパ、アジア、中東を支配下に置かねばならない」と主張。「世界各地で5つの戦争を同時に戦える戦力を持たねばならない」と提唱する。この報告書をブッシュ大統領は最重視しているようだ。……実際のところ、「アメリカ帝国」実現に必要な国防予算の増強も、彼らのシナリオ通りになっている。例えば、2002年の国防支出はテロ対策とイラク戦争への準備という名目で、対前年比4.2%増。ベトナム戦争以来、35年ぶりの高い伸びである。3,800億ドル(45兆円)の国防予算の多くがブッシュ一族が代表する「軍産複合体」に流れているのである。ちなみに、これら軍産複合体企業からはブッシュ政権に過去2年間で5,000万ドル(60億円)程度の政治献金が提供されている。まさに、もちつもたれつの関係といえよう。



そして、皆さんもよく御存知のように、イラクの次が北朝鮮攻撃であり、さらに「フセインの首をすげ替えた後は、イラン、リビア、シリアの3カ国で同じことを行う必要がある。アラブ世界を民主化するためだ。その他にも首を取らなければならない国がいくつかある」(ブッシュ大統領の側近であるリチャード.パール国防政策委員会議長)と公言されているのです。


このようにして、浜田氏によると、「ブッシュの終わりなき世界戦争」への布石が着実に打たれつつあるというのです。


当然ながら、国際社会では「フセインよりブッシュの方が恐ろしい」という声が大きくなっており、国連でアメリカが孤立するという事態を招きました。そんな中、ブッシュ大統領にとって頼りがいのあるのがイギリスのブレア首相というわけです。そこで両者の間にはしばらく以前から、ある取り引きが行われていたことが発覚したというのです。



2月20日過ぎ、カナダから驚くべきニュースが飛び込んできた。ブッシュ一族がイギリスをイラク戦争に巻き込むため、1年半前から14回に分けてブレア首相に160億ドル(約2兆円)もの「ワイロ」を贈っていたというのである。


最初に報道したのはカナダのトロントにあるラジオ局の番組「クローク&ダジャー」であった。その内容は放送と連動しているウエブサイトでも紹介されたが、数時間後にはサイバー攻撃を受け、サイトは閉鎖を余儀なくされてしまった。


しかし、ことの重大性に気づいたシカゴの公共TVが後追いし、世界に発信したため、イギリス国内はもとよりフランスでも大問題となりつつある。結果的に「ブレア首相の政治的生命も危うい」との憶測まで流れだしている。


一連の報道をまとめると次のような「ブッシュ・ブレア裏取引」の姿が浮かび上がってくる。ブッシュ一族とその取り巻きグループはイラクの石油利権を奪い取る計画を前々から練っていた。アメリカの財政・貿易赤字はトータルで40兆ドルにものぼり、その借金体質を改善するためにイラクの油田を押さえようというわけだ。


そこで、この企みにイギリスを引きずり込むため、何とブレア首相に対するワイロ工作を実行したというのである。実はイングランド銀行はクウェートの通貨「ディナール」への投資に失敗し、大きな穴を開けていた。その穴埋めにイラクの原油を利用しては、と話をもちかけたらしい。そして実行部隊は先に述べた金融投資会社「カーライル」といわれる。同社がアラブ首長国連邦に開設したブレア首相の匿名口座に総額160億ドルを振り込んだ模様。



こうした動きに対してアメリカ内部からも厳しい批判が相次いでいます。例えば、世界最強の相場師と異名をとるジョージ・ソロス氏は「ブッシュ大統領はアメリカとともにイラク攻撃に参加しない国は、アメリカの敵とみなす、と言っているが、これは“帝国主義的幻想”以外の何物でもない。彼は誤ったボタンを押してしまった。今からでも遅くない。ブッシュはイラク攻撃を中止すべきだ」と言ったそうです。わが国も「踏み絵」を踏まされたということでしょう。また、スパイ小説の大御所ジョン・ル・カレは「ブッシュは“狂気の虜”になっている。イラクがアメリカに脅威を与えているというのは戯言もいいところだ」と手厳しい批判をしているそうです。


以上、これからの成りゆきを見ていく上での参考資料としていただければと思います。


ところで、こうした常軌を逸したアメリカの支配欲の背後には何があるのでしょう?


「恐怖」というのが、その一つの答えではないでしょうか?『シェイクスピアの言葉』(芳賀書店1969年)には、「卑しい気持ちのなかでも恐怖は特にいまわしい」という、ヘンリー6世1部にあるセリフが載っており、それに対して次のようなコメントが加えられています。



モンテーニュは「恐怖ほどわれわれの判断を正常な状態から狂わせる感情はない。わたしは多くの人が恐怖のために発狂したのを見た」という。


恐怖は容易に伝染する。恐怖ほど人に伝達の容易な感情もない。恐怖の前には人間は威厳をとりつくろう余裕もなく、泣き叫び、震えおののく。誓いの言葉も約束もすべて忘れ、ただ恐怖から逃れようと一心になる。


精神病はほとんど恐怖心が原因であるという。恐怖はわれわれにどんな卑怯なふるまいをもさせる。大戦争の原因は恐怖である。今日の世界における核兵器の脅威は互いの恐怖心に基づいている。恐怖は疑心暗鬼を生む。人類絶滅の恐怖は実にこの恐怖に基づくものであって、恐怖は次の恐怖を生み、どこまでいっても際限ない。世界全体が正気を失ったら最後である。



たまたま古書店で入手した『シェイクスピアの言葉』には、「人間悪」についての卓越した洞察があふれています。そして編者の宮崎竜夫氏は、その悪の原因は人間の眼を盲にする「愚かさ」であり、そのことをシェイクスピアはドラマにあらわしたのだと思う、と述べています。


これからもずっと続くと予想される危機的な情況のなかで、私たち一人ひとりにはますます「正気」が求められるのではないでしょうか。そのためには、何が本当で何が偽りかを見極める力を養うことがますます必要になると思います。小社の刊行物がそのためのささやかなお役に立てればと願っております。
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