コラム〜編集日記〜

第35回


久しぶりですが読者の皆様はいかがお過ごしでしょうか? 編者は「光陰矢のごとし」というか、無常の風が内部を吹き抜けていくような思いをひしひしと感じています。3月3日に知人の御長男の結婚式に出席しようと思っていたら、一昨日パートナーの父親が逝去したという知らせがあり、3月3日の同じ日にお通夜だという知らせがありました。世界中でこうしたことが日々繰り返されているのでしょう。


前回はキャロライン・ブレイジャー[著]/藤田一照[訳]『自己牢獄を超えて--仏教心理学入門』の昨年12月15日頃刊行と予告いたしましたが、予定どおり刊行いたしました。前回の紹介と重なりますが、これは、デイビッド・ブレイジャー著『禅セラピー--仏教から心理療法への道』(大澤美枝子+木田満里代訳/恩田彰監修 コスモス・ライブラリー 2004)、『フィーリング・ブッダ--仏教への序章』(藤田一照訳 四季社 2004)に続く、西洋心理学の伝統と仏教の伝統の統合をめざす現代的仏教心理学シリーズ第三弾です。内容については前回詳しく紹介しましたのでご覧になってください。


今年の最初の新刊として『〈あの世〉からの現地報告『〈あの世〉からの現地報告[三部作]:その(1) 死後の世界も自然界である』(四六判並製/312頁/定価1890円)を2月28日に刊行いたしました。著者はアンソニー・ボージャ、訳編者は近藤千雄(こんどう・かずお)先生です。小社からは『日本人の心のふるさと《かんながら》と近代の霊魂学《スピリチュアリズム》』 『シルバーバーチに最敬礼』に次ぐ3册目となります。


《本書の内容》
第1章 死の直後の様子
第2章 死後の界層--本格的な人生は死後から
第3章 死後の世界も自然界の一部
《参考資料集》
《資料1》C・L・トゥイーデール著『あの世からの便り』より
《資料2》「生命の行程表」--フレデリック・マイヤース著『永遠の大道』より
《資料3》「霊界の光景」--『シルバーバーチの霊訓』より
《資料4》「類魂」--フレデリック・マイヤース著『永遠の大道』より
《参考文献》ウィリアム・ティンダル--新約聖書を英語に翻訳して火刑に処せられた男
●ティンダルが生をうけた時代●当時の庶民の信仰●オックスフォード大学設立事情●家庭教師をしながら●ロンドンの喧噪のさなかで●宗教改革と農民戦争の嵐の中で●ついに出版●三冊の著作と『モーセ五書』の翻訳●英国国教会の誕生●ついに奸計にはまる●終焉●その後の余波



これは霊界便り三部作の序論とも言うべき本で、死の直後の様子、死後の界層、霊的身体のはたらきなどが平易な言葉で紹介され、それが訳編者による周到な解説と参考資料で補われています。


また、著者ボージャが「まえがき」で指摘している〈牧師の無知〉の背景を明らかにするため、参考文献として「ウィリアム・ティンダル--新約聖書を英語に翻訳して火刑に処せられた男」が付されています。これは、キリスト教史の暗部に探りを入れた非常に興味深い文献です。


「農民にも聖書を読ませてあげたい」と願って新約聖書の原典を英訳しただけでなぜ火刑に処せられねばならなかったのか? その理由は政治と宗教にまつわる非常に陰惨な背景に探りを入れて初めて理解できるもので、またこの三部作の続編(なるべく早めに出せればと思っています)をより良く理解する助けにもなるのです。


ということで、本書をぜひお読みいただければと思います。 


また、緊急出版として拙訳で『クリシュナムルティの教育原論--心の砂漠化を防ぐために』を今月末ぐらいに刊行する予定です。これは1977年に『道徳教育を超えて』(菊川忠夫訳、霞ヶ関書房)として刊行されたものを新たに訳し直し、それに付録として「インド工科大学での講話」と、原書刊行に至るまでのクリシュナムルティの歩みと、クリシュナムルティ・スクールについてのかなり長い解説を付けたものです。


クリシュナムルティが1953年に初めて一般読者向けに書き下ろした革命的と言ってよい教育論で、原書は120頁ほどの薄い本ですが、教育に寄せる彼の烈々たる思いがびっしり込められています。そして、主にこれに応えてその後イギリスとアメリカに1校、インドに6校/施設ができたという意味でも、まさに記念碑的作品です。詳しくは次回にお知らせしますが、クリシュナムルティの人間・人生・社会・世界観と混然一体となった熱い教育論です。


ご存知のように、最近ますます教育は政府管理下に置かれつつあり、右傾化しつつあります。こうした中で自治・自立的精神を培うことがいかに重要かを、以下のカール・ロジャーズの言葉がよく示しています。


順応者を作るべくかけられる圧力は、学校の変化を困難にするもうひとつの要因である。しかし、われわれの社会は産業、技術、軍事目的を指向しており、それを成功裡に行なうために広範な順応者を作る社会なのであろうか? これがわれわれの要求だとあからさまに語る人はほとんど見出せない、と私は思う。しかし、無意識的か非言語的レベルでは、社会は、われわれの学校の卒業生たちが、喜んで導かれる、善良で従順な従属者になることを望んでいる、と私は信じている。独立的である人、自分自身であろうと考えている人は、波風を立てる傾向がある。規則に従順であることを学んできた男性と女性を持つ企業または軍隊は、管理しやすい。


実のところ、現在の危機的状況の中では、これは非常に近視眼的見方である。……われわれの技術そのものが無理をしすぎていて、巨大な環境汚染と無駄の原因となりつつある。われわれの軍隊は、冷戦の終結でその範囲を減少させ、たくさんの基地を閉じつつある。われわれがもし発展能力のある文化を持ち続けたいのであれば、批判的な独立的思考と創造的な問題解決能力を持った個人を緊急に必要としている。 (カール・ロジャーズ+ジェローム・フライバーグ著/畠瀬稔+村田進訳 『学習する自由・第3版』 コスモス・ライブラリー、2006年)


現在私たち人類が直面している危機は相当ぎりぎりのところまで来ており、このままだと最短であと20年ほどで絶滅するのではないかといった予測さえ最近出たとラジオで聞きました。クリシュナムルティやロジャーズのような心ある覚者たちはずっと以前からこれに警鐘を鳴らしてきたのですが、事態はますます悪化の一途を辿っているようです。編者はたぶんあと20年、長くても30年ぐらいでこの世を去るでしょうから、ちょうど人類滅亡の光景を目にすることになるかもしれません。


そうならないために、「心の砂漠化」を少しでも防ぐことを通じて人類の未来をより良い方向に転ずることに微力ながら寄与したい……そんな思いもあってクリシュナムルティの教育論を急遽出すことにしたのです。


ところで、以前(2000年に)出した『真理の夜明け--サハジ・マルグ(自然の道)入門』(シュリ・ラム・チャンドラ著)という本に、妙に説得力のある未来予測が出ています。原書は1954年に出たもので、『クリシュナムルティの教育原論』の原書 Education and the Significance of Life (1953)とほぼ同時期に刊行されています。サハジ・マルグというのは、「日常生活を営む中で、ラージャ・ヨーガに基づいて霊性の完成を実現することをめざした生き方で、万人に向かって開かれた、自然で単純で、自発的な道」です。以下は、その中の「わがビジョン」という章です。


わがビジョン


現代世界は危機的な段階を通過しつつある。政治情勢は日を追うごとに極めて複雑になりつつある。経済状態は非常に落ち込んでいる。道徳的、宗教的および社会的堕落は、ほとんどその最終限界に達した。競争、不穏、不安の空気が至る所にみなぎっている。どの国も妬み深い目で隣国を見つめ、なんとかして隣国を搾取する手段を見つけようとやっきになっている。世界の指導的政治家達がこれらの事実を知らないわけではない。彼らは、世界が直面している様々な問題の満足のいく解決に至るべく八方手を尽くしている。が、この目的のために設置された全ての組織の努力は、総じて勇気づける結果を生み出しているようには見えない。最も偉大な政治家達が気にかけている世界平和の問題は、単なる錯覚あるいは妄想である。



インドの現状は、いかなる明るい展望も抱かせない。意見の衝突や党派感情が国中の至る所に行き渡っている。私利の追求が広くおこなわれている。道徳原則がないがしろにされている。パンとバターの問題が切迫している。が、これら全てにもかかわらず、我々の何人かはこの国が進歩しつつあると思っている。彼らがとっている進歩の徴とは、この国が純然たる物質主義に基づいた西洋的文明へと徐々に移行していることである。が、今や、物質主義の時代は終らなければならない。古い秩序は変わり、新しい秩序に道を譲らなければならない。電気と原子力に基づいた現在の世界文明の構造は、長くは続かないであろう。それは間もなく没落する運命にある。空気全部が絶対的物質主義の有害な影響を被っているので、それを浄めることはほとんど人間の手に余る。切迫し、避けがたい変化のための機はほぼ熟しており、そして拙著『ラージャ・ヨーガの効用』中で言及したように、その変化のために、神的なエネルギーが人間の形を借りてすでに働いている。それは、我々の何人かにとっては今のところ納得がいかないかもしれないが、しかしそれは疑う余地のない事実なのである。世界は、その人のことおよびこの点に関する彼の仕事のことを、しばしの後、出来事が十分に明らかになった時に知るであろう。神の仕事は、直接にではなく、常に高い力量を持つ人間の媒介で成就される。その理由は、神は精神という、物事を行動に移すための唯一の道具を持っていないからである。人間は、その目的のために利用できる精神を持っているが、しかしそれは彼が、自分が個人だという感情をそっくり失った時だけである。人が完全な自己否定を遂げた後に彼の中に残るものは、人間の精神ではなく、純粋で絶対的な状態の神の精神だけである。すると〈自然〉はこの神の精神を通して働く。一見するとそれは人間存在の枠内に存在してはいるが。



私は読者の前に、私の視野に一瞥されるものとしてのありうべき世界の姿を提示しておく。本当とは思えないかもしれないが、しかしそれは透視状態で私が〈自然〉から読み取ったものである。世界の望ましくない諸々の要素の破壊がすでに始まったことを示す徴候が、はっきり出ている。そのような例は、以前、この世界の存在期間中に何度も起こってきた。ラーヴァナに対するラーマの戦争、ノアの洪水、およびマハーバーラタの戦いは、多くの例のうちのいくつかである。そのような破壊は、様々な手段によって達成される。それは戦争や内乱によるかもしれないし、火山の爆発などの天災によるかもしれないし、または他の同様の原因によるかもしれない。今や、最終段階への機が熟しており、世界は猛スピードでそれに向かって突進している。この活動は、今世紀の終りまでに全面的に展開するかもしれないが、しかし以下に挙げた出来事のいくつかが起こるのにより長い時間がかかるかもしれない。



ここしばらくの間太陽の熱が徐々に減少しており、そして不十分な太陽熱のせいで、地球上に生きることがやがて全く不可能になるかもしれない。これは、科学者達を当惑させる問題になるかもしれない。科学者達が自由に使いこなせる全ての物質的な力にもかかわらず、彼らの守備範囲内ではその解決は不可能である。私は彼らに、太陽熱は今のところその程度まで減少することはない、と請け合うことができる。現在の太陽熱の減少は、単に自然の変化過程を促進することになっているだけであり、そしてその仕事のために委任された人格が、自然の変化過程を促進させるために太陽熱の減少を利用しているのである。それは、世界の全構造の差し迫った大変動が起こることの絶対確実な徴候であり、その後太陽は再びその十分な輝きを取り戻すであろう。同じ徴候が、再びマハープララーヤ(完全消滅)の時に現われるであろうが、しかしそれは遠い未来のことなので、ここで詳説することは控えたい。ここで、読者のためにひとつだけ明らかにしておきたい。マハープララーヤの時、北極星がほんの数度その位置からずれて、やや熱くなるであろう。ガスの形の強力なエネルギーがそれから噴出し、最後には世界および存在するあらゆるものを破壊するであろう。破壊の活動は北極から始まるであろう。



現在の大変動の結果として抜本的な変化が起こり、そして生まれる新しい世界の構造は、我々が今目にしているものとは全く異なるであろう。大英帝国の運命は惨めであろう。その一部、即ち南の部分が海に沈むであろう。休眠状態の火山エネルギーがロンドンの中心で働いており、やがてそれは火山噴火の形で突発するであろう。メキシコ湾流はその進路を変え、そしてメキシコはとても寒くなるであろう。ヨーロッパの運命もまた同様であろう。比較的小さな国々は消滅していくであろう。ロシアの運命は闇の中にある。ロシアは生き長らえることはできない。まさにロシアの武器自体が、その頭に突きつけられるピストルに転ずるであろう。共産主義は、その生まれ故郷で葬られるであろう。アメリカの場合、その富を失う危険が迫っており、ほとんど貧乏国に没落するかもしれない。その力と偉大さもまた、それと共に低下するであろう。インドは本来の栄光を取り戻し、みずからの政府の下で突出してくるであろう。その宗主権はあまねく行き渡り、そして世界はインドを仰ぎ、指導を求めるであろう。が、インドもまた世界の大変動を共にするであろう。反乱の兆しがこの国で現われつつある。この国の一部、即ちベンガルの東の部分は海に沈むであろう。火山性エネルギーもまた活発で、特にビハール州など、そのいくつかの部分に深刻な影響を与えるかもしれない。デカン高原は、遠い将来、島になるかもしれない。世界中で無数の流血沙汰があり、そして様々な原因によっておびただしく人命が失われるので、世界人口はかなり減るであろう。来るべき世界の新しい構造は、骨と灰の上に立つであろう。霊性に基づいた文明がインドに発生し、そしていずれは世界文明になるであろう。いかなる国も、その基礎に霊性がなければ存続することはないであろう。そしてあらゆる国は、もしその存在そのものを維持したければ、遅かれ早かれ同じ進路をとらなければならない。
© www.kosmos-lby.com